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  老樹名木詳細
 
山田の藤(やまだのふじ)


■県下第一のフジの名木
 このフジは玉名市築地(つきじ)の山田日吉神社の社殿の前にある池のほとりにあります。幹囲が2.4メートルもある大藤です。幹は地上60センチメートルのところで二つに分かれ、藤棚の上に大きく広がって、枝張りは東西12メートル、南北10メートルもあり、池の半分を覆っています。毎年4月上旬から5月上旬頃に開花し、4月下旬から5月上旬頃にかけて満開となり、長さ1メートルにも及ぶ花房(花穂)が垂れ下がって見事です。古くから県下第一のフジの名木として知られ、満開の時には大勢の花見客で賑わいます。県の天然記念物に指定され、樹齢約200年と推定されています。
 山田日吉神社は、和銅元年(708)の創建と伝えられる古い神社で、大山咋神(おおやまくいのかみ)と白山比売神(しらやまひめのかみ)を祭神としています。信仰の中心は修験道で、鎌倉時代にはこの地に勧請されたと考えられます。修験者(山伏)は集落に十二坊を持っていて室町時代頃に最も栄えたようです。毎年4月4日に例大祭が行われています。

■フジの科学
 フジは木質の茎が長く伸びるマメ科の落葉性蔓(つる)植物で、フジ属の植物は日本にはフジ(別名ノダフジ)とヤマフジの2種類が自生しています。外国にも中国のシナフジや米国のアメリカフジなどがありますが、この2種類は日本の特産です。
 フジは花穂が長く伸びて美しいので古くから観賞用に栽培され、品種改良も行われてきました。
 紫色が鮮やかな紫藤(一才藤)、花穂が長く垂れ下がる長藤、花が白い白花藤、ピンク色をした本紅藤、珍しい八重藤など、栽培の歴史が古いだけに多くの品種があります。県内でも栽培されたフジを普通に見ることができますが、明らかな自生といえるものは非常に稀です。
 一方、ヤマフジは西日本の山野に広く普通に分布し、花穂が10~20センチメートルとフジよりもずっと短いのが特徴です。短いとはいえ、紫の花穂は美しく、花付きが良くて育てやすいので各地で栽培され、品種改良も行われています。「しろかびたん」という意味がわかりにくい品種もありますが、これは白花美短の意で色と形の特徴を縮めていった名前で、もっと省略して「かびたん」ともいわれています。
 花がないときでもわかるフジとヤマフジの違いは蔓(茎)の巻き方です。フジの蔓は他物に巻き付くとき右回り(右巻き)に伸びますが、ヤマフジは左回り(左巻き)に伸びます。これは言葉として覚えるだけではなく、具体的に理解しておかないと実物を見たときに混乱します。その第一の混乱は、右回りは時計の針と同じ回り方と覚えていても、蔓の伸びる様子を上から見るか下から見るかで、話が逆になってしまうからです。正しくは、蔓の伸びる様子を上から見て時計の針と同じ方向に回るのが右回り(右巻き)です。この判断を確実にする覚え方は、両手を前に出して鉛筆を握るように拳を作り、親指を巻き上がる蔓と考えたときに、右手の形が右巻き、左手の形が左巻きです。
 フジの花一つをよく見ると、エンドウやインゲンマメやハギ類などのようなマメ科独特の花の形(蝶形花という)をしています。また、花の後はダイズを枝豆で食べるときの形(さやの中に丸い豆)の独特の果実になります。フジも同じような果実になりますが、夏目漱石が第五高等学校(現在の熊本大学)で教えていたときからの弟子で、日本の物理学の父と言われ、同時に随筆家としても有名な寺田寅彦が、「藤の実」という題で面白い観察記録を残しています。

■寺田寅彦の観察
「昭和7年12月13日の夕方帰宅して、居間の机の前に座ると同時に、ぴしりという音がして何か座右の障子にぶつかったものがある。子供がいたずらに小石でも投げたかと思ったが、そうではなくて、それは庭の藤棚の藤豆がはねてその実の一つが飛んできたのであった。宅(うち)のものの話によると、きょうの午後の1時過ぎから4時過ぎごろまでの間に頻繁(ひんぱん)にはじけ、それが庭の藤も台所のまえのも両方申し合わせたように盛んにはじけたということであった。台所のほうのは1間(いっけん:約1.8メートル)ぐらいを隔てた障子のガラスに衝突する音がなかなかはげしくて、今にもガラスが割れるかと思ったそうである。自分の帰宅早々経験したものは、その日の爆発の最後であったらしい。(以下省略「藤の実」より)」
 これに続いて、この現象は空気が乾燥していると起こるようだとか、藤棚から障子まで10メートルほど離れているから秒速10メートル以上の速度で飛び出さなくてはならないとか、藤豆がそれだけの力を出すメカニズムはどうなっているかなど、素朴な疑問について話が進みます。実生活には何の役にも立たない、どうでもよいようなことですが、それに気づき何故?どのようにして?と考える態度は自然科学の最も大切な視点です。寺田寅彦はイチョウの葉の散り方がスイッチを切ったように一斉に散ることにも驚いていますし、稲光が何故ギザギザに曲がるのかも真剣に研究しています。「天災は忘れた頃に来る」とか「文明が進むほど災害は大きくなる」という有名な言葉も、関東大震災の被害を丹念に見つめる調査の中から出てきたものです。
 ところで、玉名(たまな)郡長洲町(ながすまち)の梅田天満宮に珍しいフジがあり、長洲町の天然記念物に指定されています。蕾が大きくなってきても、玉状に膨れるだけで開花しないので不思議な現象と考えられ、古くから「梅田の玉藤」と呼ばれて有名でした。これは、フジツボミタマバエという蝿がフジの蕾の中に卵を産んで蕾が丸く膨れた形になる現象で、山田の藤でも開花せず玉藤になる現象が見られます。

■フジと日本文化
 フジやヤマフジは日本の山野に広く自生し、木質で強靱な繊維からなるしなやかで大きくなる蔓は、結束材や籠などを編む材料として用いられるなど、庶民の生活には欠かせないものでした。また、春の若菜は茹でてあく抜きをして浸し物・和え物・煮付けなどに料理し、花も茹でたり天麩羅にしたりして食用に使われます。しかし、フジが高く評価されるのは生活の中での実用よりも、その美しさによってです。
 フジの花は、紫色という高貴な雰囲気を感じさせる色とともに、長い花穂を豊かに下垂させる優雅な形で古くから人々に愛され、古事記や日本書紀や万葉集にも登場します。また「源氏物語」では光源氏の理想の女性として藤壺が描かれ、踊りに藤娘があるようにフジの花は古くから美しいものの代表でした。
 春の心地良い季節とともに訪れる花の風情を楽しんだり、薫風に揺れる花の姿を絵画や詩歌の対象にすることも広く行われ、日本人の心に深く根ざす伝統文化の中に華やぎを添える高貴な花でした。また、藤の字の付く姓は平安時代から日本の歴史の中で大きな位置を占める摂関家の藤原氏だけでなく、武家にも遠藤・加藤・後藤など多くの姓があり、家紋にもいろいろな形で多く用いられています。熊本市域の総鎮守である藤崎八旛宮の名も紋もフジに由来するものです。

■フジの栽培
 フジは美しい花穂を鑑賞するのが基本で、棚仕立てにして眺めるのが普通です。また、盆栽仕立ても独特の美しさがあり、広い場所を必要としないこともあって、愛好者が多い栽培法です。ただ、そのためには、フジの性質に合わせて管理する技術が必要です。ここでは一般的に行われている藤棚作りに関する注意点を述べます。
 藤棚で、なるべく早く成長させて花を見るには、県内にも多く自生して丈夫なヤマフジの株に、花が美しくて花穂が長く伸びるフジ(ノダフジ)を接ぎ木する、また正しく接ぎ木された苗を選んで植えるのが第一です。県内の公園や学校などの藤棚を調べてみると、接ぎ位置が高すぎたり、その後の管理が正しく行われていない例が多数見受けられます。藤棚の最も基礎となる棚の設計にも事前に十分に検討されていなかった失敗例もあります。
 健康なフジの枝は1年に5メートル以上も伸びますから、それを放置しておくと何本もの枝と枝が絡んで、ぐちゃぐちゃになってしまいます。ですから絡み合わないように棚の空いている部分に誘引する必要があります。仮にぐちゃぐちゃになってしまったら、それをほぐして横方向にまんべんなく誘引してやる必要があります。
 良い花を咲かせるには、花芽を残して上に登る枝を切り、横方向に誘引して棚いっぱいに広がるように枝を分配し、一箇所に増えすぎないように絡みを解く必要があります。芽にも、ややふっくらとした花芽とやや細めの葉芽がありますので、花芽を切らないように専門家に剪定を依頼するか、注意点をよく習って実施することが大切です。このように、仕立物のフジの栽培は、自然のままに放置するのではなく、人間がフジの長所を伸ばし短所を補うように、形を作っていかなければなりません。つまり常に管理に心を配り手をかけておかないと、美しい花やまんべんなく広がる藤棚の姿は望めないということです。
 最後に、最も重要なのに見過ごされがちなのが地面の問題です。そしてその第一が踏み固め対策です。藤棚の下は人が歩き回るところですから、うっかりしていると踏み固めが進行して、コンクリートで固めたようにコチコチになります。特に学校の藤棚に踏み固めが進行している例が多いように見受けられます。地面が固いと根の吸水と呼吸を阻害し、健康を損ねる結果を招きます。これを防ぐには、根元の土壌改良が必要ですが、本格的に全面耕起すると藤棚の下に入れなくなります。危篤状態に陥ったのでなければ、誰にでもできる簡単な方法があります。具体的に言うと、地面に深さ20~30センチメートルの細い穴をいくつも掘り、その穴に落ち葉を入れておく簡便な方法です。これは土中に空気を送り込むことからエアレーションともいいます。決して大がかりな作業ではなく、子どもが立ち入っても大丈夫な程度にできる作業ですから、これを毎年あるいは隔年でも少しずつ違う穴でやっていくとそれだけで回復が見込めます。また踏み固めを防ぐために敷石を敷く方法もあります。この場合は必ず目地を開けて空気と水が浸透できるように施工することが肝要です。そうしないと工事で踏み固め状態を作ってしまう結果になってしまいます。
 施肥については花の後の礼肥と寒い時期の寒肥を施しましょう。礼肥は化学肥料で結構ですがチッソ分は不要です。フジはマメ科の植物で根粒バクテリアと共生し、空気中のチッソを直接取り込んで貯えます。マメ科の植物が肥料木とも言われるゆえんです。ですからチッソ以外のリン酸とカリを同じ分量で施肥してください。寒肥は油かすや骨粉で結構です。肥料はやり過ぎないように注意しましょう。

■フジと温暖化対策
 近年、地球温暖化防止を目的にビルの屋上緑化や壁面緑化が行われるようになり、歩道の緑陰植栽も地球温暖化問題を意識して行われることが増えてきました。
 このような傾向の中でフジは観賞用だけでなく、壁面緑化の有効な植物材料として期待されています。フジは生育が旺盛で、水分さえ十分供給されていれば夏の厳しい直射日光にも耐え、遮光・遮熱の効果は大きいからです。
 熊本での実施例はまだ少ないのですが、ここに掲げた写真は熊本市で見られた実例です。この人は趣味でフジの壁面緑化に取り組み、自宅の外壁に針金を3重に巡らし、そこにフジを誘引しています。また、別の場所でも自宅とは違う品種の試験栽培にも取り組み、品種による蔓の伸び方や花の付き方の違いなどを研究しています。アスファルトとコンクリートで固められた真夏の中心市街地は、照り返しで人間が歩けるような環境ではなくなってきているとの認識から、フジを利用した屋上や壁面の緑化とともに、歩道や公園などの公共スペースの緑化に藤棚が重視される日が来ると考え、研究を進めているとのことでした。

■全国のフジの名所
 フジは古くから観賞用に栽培され、大勢の人が集まる花見の名所も各地にありました。フジの別名をノダフジと言いますが、これは摂津国(せっつのくに)野田村(現在の大阪市)のフジが美しかったことに由来し、ここは豊臣秀吉が大がかりな花見を行ったとして摂津名所図絵にもある有名な場所です。
 県内のフジの名所といえば、ここに紹介した山田の藤が挙げられますが、全国的に見れば樹齢の古さや花の咲く規模などで有名な名所が多く存在します。現在、国の天然記念物に指定されているフジは次のとおりです。
◆ 牛島の藤 埼玉県春日部市にあり、樹齢は1000年とも1200年とも言われ、紫色の花穂が2メートル以上にもなる豪華さで知られています。藤棚の面積は1000平方メートルに及びます。埼玉県はフジの名所の多いところで、県の天然記念物に指定されているものだけで4株あります。
◆ 滝前不動の藤 宮城県柴田郡川崎町にある3本のフジの大木で、幹囲0.9メートルで樹高25メートル、幹囲0.4メートルで樹高26メートル、幹囲0.5メートルで樹高28メートルです。
◆ 藤島の藤 岩手県二戸(にのへ)郡一戸(いちのへ)町にあるフジで、日本一の巨木と言われています。根回り3.6メートルで樹高20メートルです。すぐ隣のカツラの大木に絡みついていましたが、カツラがフジの重さに耐えかねて枝折れしたので鉄の支柱で支えられています。
◆ 熊谷(ゆや)の長藤 静岡県磐田郡豊田町の行興寺の境内にあり、藤棚から垂れ下がる花穂が2メートルにもなり、地面に届くほどに伸びるといわれます。
◆ 黒木の藤 福岡県八女郡黒木町の素盞嗚(すさのお)神社にある幹囲2.2メートルの大藤で、枝張りは東西48メートル南北42メートルに達します。樹齢は600年で、応永2年(1395)に征西将軍懐良(かねなが)親王のお手植えと伝えられます。
◆ 宮崎神宮の大白藤 宮崎市の宮崎神宮の境内にあり、根回り3メートルで幹囲1.6メートルと1.4メートルの二つに分かれ、藤棚いっぱいに広がって伸びています。中国原産のオオシラフジとしては我が国最大の株と言われています。
 このほか、国指定天然記念物ではありませんが、奈良市の春日大社にある「砂ずりの藤」は樹齢700年と推定され、花穂が1.6メートルほどに伸びて地面をこするというフジです。また栃木県足利市の「あしかがフラワーパーク」は、8.3ヘクタールの園内に約170本の藤があり、品種の多さは関東随一と言われています。


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