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  老樹名木詳細
 
大藪山神の桧(おおやぶさんじんのひのき)


■地域の人々から親しまれる山の神様
 山都町(やまとちょう:旧矢部町)御所(ごしょ)一の瀬地区の集落の一つが大藪で、そこの雑木林に覆われた小高い山の上にある樹が「大藪山神の桧」と呼ばれるヒノキです。山の下から見ても、周囲の雑木林の樹木よりも高くこんもりと茂っている姿がはっきり認められます。
 巨大な主幹は地上2メートルくらいの高さで三つに分かれ、それぞれが幹囲2メートル以上ある巨樹です。その3本の幹から外側に向かう枝がたくさん伸び、複雑に絡み合いながら横に張り出しているので、全体として大きな卵形をした独特の樹形を作り出しています。眺める方向によって枝の張り方が異なるので、周囲を回って見ると場所によって違った表情を見せてくれます。普通に見かけるヒノキは真っ直ぐに伸びた一本立ちをしていますが、この樹は山の神様の樹として自然のまま大切にされ、このような樹形になったのでしょう。心休まる豊かな印象を受ける姿です。風が吹くと枝同志がこすれ合い、樹が語りかけてくるようです。

■おおやぼん やまんかみさん ひのき
 ここは阿蘇外輪山のなだらかな南斜面で、火山灰の堆積した土壌がヒノキの生育に適しているのか樹勢盛んです。麓の大藪の集落から見上げてよく見えるだけでなく、この周辺地区の各所から眺められて存在感を感じさせる樹です。しかし、個人所有の山にあり険しい小道を登らないと到達できない場所だったので、実際に現場を訪れて見た人は少なかったそうです。
 昭和48年(1973)から田畑や水路を造成整備して道路を通す「国営パイロット事業」が始まり、このヒノキから畑一枚の距離のところに農道が開通して誰でも簡単に来られるようになりました。地区の人たちの中にも、農道が利用できるようになってから初めてこの樹を間近に拝んだ人が多かったそうです。車で行けば畑越しに簡単に所在を発見できますが、そのときには樹の大きさをあまり感じない人が多いようです。しかし、根本まで接近してゆっくりと周囲を回って見上げて拝んだ後、帰りの車に乗るときにもう一度振り返ってみると、先刻の印象よりもずっと大きくなって見える樹です。
 公式の名称は「大藪山神の桧」ですが、地元の人たちは親しみをこめて「おおやぼん(大藪の)やまんかみさん(山の神様の)ひのき」と呼んでいます。山の神は春は里に降りてきて収穫をもたらしてくれる神様ですから、この山の所有者も毎年秋の稔りに感謝してヒノキの幹に注連縄を巻き、親類や知人を招いて「山の神様祭」を行ってきました。その方が亡くなられて祭の行事はそのままの形では行われなくなりましたが、ご遺族が現在も簡単なお飾りをして榊とお神酒を供え、山の神を大切に守っておられます。

■材として第一級のヒノキ
 ヒノキは日本特産の常緑針葉樹で、古い時代から最も有用な建築材として使われた木です。我が国に広く自生していて盛んに利用されましたが、価値が高いので古くから保護や植林も行われてきました。とくに木曽のヒノキは、良質であることと尾張藩が厳しい保護政策を行ったことで有名です。
 成長の遅い木ですが、ゆっくりと育つおかげで材は緻密で狂いが生じにくく、木目が美しくて加工しやすく、色調・光沢・芳香も良くて耐久性が高いと、建築材として最高の名に恥じない木材です。檜舞台や桧風呂は材料にヒノキを使ったことを第一級の意味で示す名です。そのほか道具類や細工物など多くの用途に使われています。また、神社の屋根にみられる桧肌葺き(ひはだぶき)はヒノキの樹皮を重ねて葺いたものですし、生木の辺材を破砕して作った縄は耐水性が高いので、つるべ縄・錨綱・鵜飼いの縄などに使われ、樹皮の繊維で作った縄は風呂桶や木造船の隙間に詰めて水漏れを防ぐためによく使われました。
 和名のヒノキは「火の木」の意味で、この木を摩擦して火を起こしたことに由来します。伊勢神宮や出雲大社、阿蘇神社など由緒ある神社では、現在でも神聖な火を起こすときにはヒノキ材で作られた古式の発火器が用いられます。


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