くまもと緑・景観協働機構
事業概要 各種助成事業 くまもと路樹・景観の紹介 老樹名木めぐり 花と緑の園芸相談 調査・研究 各種申請書 お問い合わせ Q&A(FQA)
  HOME > 老樹名木めぐり > 052波野の乳の木 > 052波野の乳の木(詳細)
  老樹名木詳細
 
波野の乳の木(なみきのちちのき)


■女神の化身のような気高さの漂う樹
 阿蘇市役所波野支所(旧波野村役場)から西に800メートル、神社を過ぎたあたりから集落全体が森のように木々に覆われています。道幅は広いのですが両側の枝が道を覆うように伸び、うっそうと茂っています。その森の中をしばらく進んだ右側、道路よりも少し高くなったところにイチョウの巨樹があり、たくさんの気根が伸び出て立っています。イチョウの気根は乳房を思わせる形なので、「乳」とか「乳瘤(ちちこぶ)」「垂乳根(たらちね)」とか呼ばれますが、ここの気根は乳房という段階を遥かに越えて尻尾のように長く大きく伸び、中には地面に着くほど長いものもあって一種異様な印象を受けます。
 その昔、母乳が出なくて困っていた女性が神様からもらった木の実を持っていたら乳がでるようになり、その実をここに植えて育ったのがこの樹だという伝説があります。「波野の乳の木」という名前も、その伝説と気根が多い樹形に由来するもので、多くの女性たちが甘酒を供えて乳の出を祈ったそうです。樹の根元には小さな祠があり、今もお供え物が置かれて女性の信仰を集めていることがうかがえます。この樹は雌株で秋にはたわわに実をつけます。

■イチョウの実の特徴
 イチョウの実と普通にいいますが、正確にいうと果実ではなく種子です。周囲に粘液に富む肉質の部分があって中に固い核がありますから、ウメの実(果実)と同じと誤解されやすいのですが、周囲の肉質の部分は外種皮という種子の一部分なのです。その中にいわゆる「ぎんなん」がありますが、食べるときに剥く固い皮は内種皮といいます。イチョウの種子には内外二層の種皮があるのです。そして、内種皮の中に食べて美味しい栄養価のある胚乳質が詰まっています。ただ、美味しいからといって食べ過ぎたり、生で食べたりすると激しい下痢をすることがありますので要注意です。
 外種皮は特有の臭気があるだけでなく、皮膚につくと炎症を起こすことがあります。「ぎんなん」を食べるには、種子全体を土に埋めたり水に漬けたりして外種皮を腐らせ、それをきれいに洗って干し上げますが、そのときの強い臭気は皮膚を痛めないよう注意をうながす警戒警報と考えた方がよいでしょう。

■波野の象徴、荻岳
 この地域は阿蘇東外輪山の高原地帯で、波打つように広がる雄大な草原の景観から波野原(なみのがはら)と呼ばれてきました。この「波野の乳の木」から東に行くとすぐに大分県との県境に達しますが、その手前に荻岳(おぎだけ、843メートル)があります。波野高原の標高が700~800メートルほどありますから、離れてみると小さい山にしか見えませんが、実際に登ってみると眺望の大きさに感動します。西には根子岳・高岳・中岳と続く阿蘇五岳が、大観峰など北外輪山から眺める涅槃像の形とは全く違った表情を見せてくれます。農業の近代化によって草原の利用が減ってきたことと、強力に進められた拡大造林政策によって、海のように波打つ草原の波野原は波打つ杉造林地に変わりましたが、その広がりの北には久住の連山がそびえ、南には祖母・傾(そぼ、かたむき)の山々が連なっています。バスで登るには少し無理をしますが、乗用車ならすいすいと登れます。乳の木からちょっと車を走らせるだけで類のない絶景を楽しむことができます。
 そこから東側の峰を少し登ると荻岳の山頂の鞍部(あんぶ)に着き、そこには広い駐車場があります。山頂には「知事さんの塔」があります。明治3年(1870)7月、熊本藩第2代知事細川護久は300年にわたった農民の重税を軽減、これに感謝する村民が明治6年(1873)この碑を建立し、春秋2回、昭和15年ごろまで知事様祭りをしていたそうです。

■荻神社と屋根のある橋
 同じ道をくだって山麓に着くと、道の右側に荻神社があり、階段をのぼった先に屋根のある橋が架かっています。橋の下は塩井川と呼ばれる小川ですが、ふだんは水が流れていません。しかし、この川を渡らなければ参詣できないので、橋が架けられているのです。屋根があるのは橋を長持ちさせるためとも、雨の日に参詣する人がすべらないためともいわれています。鳥居のところに樹齢400年の夫婦杉と呼ばれた二又杉がありましたが、平成3年(1991年)の台風19号で被害に遭い倒れてしまいました。

■全国に知られた中江岩戸神楽
 中江の岩戸神楽はこの荻神社で春秋の大祭(4月20日と9月30日)に奉納される神楽で、国の無形民俗文化財に指定されています。中江の岩戸神楽の起源は、江戸時代に豊後(大分県)各地で盛んに神楽が舞われるようになったときに、現在の大野市清川町から「御嶽流(おんたけりゅう)」の神楽が伝わったものです。それがその後地元で工夫され磨き上げられて三十三座の構成になりました。平成2年(1990)1月27日~28日に熊本県立劇場が「中江岩戸神楽三十三座復元一昼夜公演」を企画して成功させたのがきっかけで神楽を中心とした村おこしが盛んになり、全国に知られています。神社に奉納されるものとは別に、神社に隣接する「中江神楽殿」で、10月を除く4月~11月までの第1日曜日の午後1時から定期公演を行っています。また、10月の第1土曜日と日曜日には神楽フェスティバルが行われ、地元のほかに大分と島根からの約10団体による神楽の競演が繰り広げられます。
 また、ここ波野に昭和49年に九州では珍しいスズランが群生しているのが見つかり、昭和51年に県の自然環境保全地域になりました。その後スズラン公園として整備され、5月の中旬から下旬にスズランの見頃を迎えます。


© Kumamoto Midori Keikan Kyoudou Kikou. All Rights Reserved.