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鉄砲小路の木斛(てっぽうこうじのもっこく)


■防衛線だった「鉄砲小路」(てっぽうこうじ)
 鉄砲小路の地名は、熊本城から「鬼門」にあたるこの場所に細川忠利公が寛永12年(1635)、豊後(大分県)からの敵に備えて鉄砲衆を配置したことに由来します。熊本市から国道57号を阿蘇方面に向かい、JR豊肥本線の三里木駅を過ぎたところを左折し、1.2キロメートルほど進むと県道新山原水(しんやまはらみず)線と交叉します。その道沿いの約4キロメートルの範囲が、鉄砲衆の暮らした集落「鉄砲小路」です。三里木駅を出たところに熊本城から3里(約12キロメートル)の里程を示す里数木(エノキ)があったことを示す「三里木」の標識があり、駅名にもなっているのです。
 鉄砲衆は平時は農耕に従事し、敵の侵攻があった場合にはここで防衛の戦力となる集団です。一カ月のうち4の付く日は剣術、9の付く日は砲術の稽古のため藩校に出仕し武芸に励みました。原野を一人あたり2~6町(約2~6ヘクタール)開墾して農地とし、石高20石の土地所有を認められていました。
 幕藩体制の中で農民は、年貢米の生産者として「五人組」に組織されていました。しかし、鉄砲衆は武士ですから年貢米を納める組織は必要ありませんが、武士としての責任を分かち合う自治生活の単位としての「五列」が組織されました。今日でも「五列の責任」という言葉は生きており、五列の中の一軒に何か起これば、4軒が協力して助け合う慣習が残っています。これはほかの農村集落には見られないことです。
 鉄砲小路では、東西に走る県道に面して北側に間口15間(約28メートル)で奥行き40間(約74メートル)の細長い敷地に屋敷があり、道を挟んで南側に間口15間で奥行き6元(11メートル)の敷地に収納小屋が建っています。

■4キロにわたる日本一の美しい生垣
 鉄砲小路の家々は、上に述べたように規則正しく配置されていたので、以前は国道57号やJR豊肥本線の車窓から見ても、農地の先に屋敷が整然と並ぶ独特の雰囲気の景観を形成していました。それぞれの家の垣根は、江戸時代には中から外が見渡せる竹垣でした。その後、時代とともに竹垣が生垣に変わっていったのです。
 昭和57年に、増加する自動車交通にあわせて県道の拡張工事が行われることになり、敷地の提供に伴い、生垣が撤去されることになりました。その時、地区ぐるみで「生垣保存運動」が起こりました。ブロック塀や石垣ではなく、地区のシンボルともいえる生垣を子孫のために残そうと全員一致で生垣の保存を決めたのです。以来、地区全体で調和した美を保ってきた生垣は、「第1回くまもと景観賞」を受賞、また後世に残るすぐれた文化として「くまもとアートポリス選定既存建造物」に選ばれています。
 現在、この生垣を美しく守るために、大学生のボランティアが26年間続いています。「緑の垣根運動」と称し、九州東海大学の学生「緑の会」のメンバーが毎年11月に剪定作業を行います。これは故戸田義広同大学教授の発案で始まった活動で、毎年約30人の学生が参加します。このような多くの人たちの努力によって、今も美しい町並みが維持されているのです。

■地域全体を潤す堀川水路
 鉄砲小路の北側には集落と平行して流れる堀川という水路があります。堀川という名が示すように人間が掘った川、つまり江戸時代に開削された農業用水路で大津町勢田付近の白川から取水して熊本市清水で坪井川に合流する延長約24キロメートルの川です。
 熊本で土木工事というと加藤清正公と考えますが、この工事は二代目の忠広公が元和4年(1618)に始め、加藤家の後に肥後藩主となった細川忠利公が工事を再開して寛永14年(1637)に完成しました。ここ肥後台地は、阿蘇火砕流によって形成された水の浸透しやすい地層ですが、この水路によって豊かな水田が開かれました。また、水路は水を運ぶだけでなく、水路からの漏水という形で地下水を涵養(かんよう)してきたのです。現在もこの水田は、吸水性の良い土地を利用し、生活用水のほぼ百パーセントを地下水で賄う熊本地域の地下水涵養に重要な役割を果たしています。
 この堀川の名残りの地名である、鉄砲小路中央付近の下堀川には鉄砲衆の氏神の蘇古鶴(そこづる)神社があります。祭神は健磐龍命(たけいわたつのみこと)と比咩(ひめ)大神で、寛永12年(1635)の建立で、木造銅板造り2層建築の立派な楼門があり、菊陽町の文化財に指定されています。
 また、菊陽町ではニンジン栽培が盛んで、国の産地指定を受けています。「熊本長人参」「菊陽人参」などのブランド名で全国に出荷され、近ごろでは、甘くてジューシーな「フルーツ人参」を栽培する農家も増えてきています。
 隣町の大津町特産のサツマイモはブランド名「ほりだし君」で知られています。このいもで作った「いきなりだご(団子)」のおいしさは1度食べたらやみつきになるほどです。短時間で「いきなり」作れることから、その名がついたといわれますが、輪切りにした生のサツマイモを小麦粉を練った生地で包んで蒸した素朴なお菓子です。最近ではサツマイモといっしょにあんこを包むことが多いようです。熊本の家庭ではおやつによく作られますが、郷土名物としても全国的に人気があります。

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