■地域の人に親しまれる花と香り
薬師堂の階段を登りきった左側にどっしりと構えている樹で、その右側にお堂があり、境内でもっとも大きな樹がこのギンモクセイです。幹は地上1.3メートルで南北の二股に分かれ、南の幹は樹勢盛んで枝が垂れたものも含めて多くの枝が茂っていますが、北の枝は薬師堂の屋根を傷めると剪定されているのが残念です。薬師堂に祀られている十一面観音像の台座に文明4年(1472)の文字が刻まれているので、この木犀の樹齢も500年くらいと推定されています。
かつて鮎帰(あゆがえり)地区ではみんなで縄を編んで大綱を作り、十五夜に綱引きをする祭りが行われていました。そして、その綱でギンモクセイの下に土俵を作って相撲大会をしていました。その後、その綱をギンモクセイの枝にかけてブランコにするので、子どもたちの格好の遊び場になっていました。また、薬師堂の境内で行われる地蔵祭のときには矢旗を立てていました。今では綱引き祭りも地蔵祭も行われていませんが、毎月8日には老人会が薬師堂周辺を掃除してから供え物をしてお参りをしています。
鮎帰小学校が平成15年(2003)に無くなるまでは、薬師堂の周辺で子どもたちが遊んでいました。また、近所の大人たちも近くに集まって「もくせい会」と称する会合を楽しんでいました。この行事も今は途絶えていますが、薬師堂の周囲は大人にとっても子どもにとっても大切な遊び場であったことがわかります。
鮎帰地区の生活とともにあり、地区のシンボルであるギンモクセイを大切にする人々の思いは深いものがあります。数年前の大渇水のときには、下を流れる油谷川の水をみんなで毎朝バケツで運び上げて撒水したり、根元周辺のコンクリートをはがして樹が十分に呼吸できるようにしたり、毎年肥料を与えるなどの手入れを続けています。ギンモクセイも人々の思いに応えるかのように、花の時期にはたくさんの白い花を咲かせ、優雅な香りは四方に漂いますが、川下から吹き上げてくる風に乗って上流の古屋敷の集落にまで届きます。
■白い花をつけるギンモクセイ
ギンモクセイは中国原産で雄株だけが渡来したので、花が咲いても実はなりません。漢名は銀桂で桂は木犀のことですから、白い花が咲くからギンモクセイという和名と全く同じ意味の言葉であるのは面白いことです。花の色が白いことで、黄赤色(蜜柑色)の花を咲かせるキンモクセイや、薄黄色(レモン色)の花を咲かせるウスギモクセイと簡単に区別できますが、花の無いときの区別は難しいので木犀の種類は開花時に確かめることが大切です。秋の訪れを告げる芳香が愛されて庭園に好んで植えられますが、キンモクセイやウスギモクセイに較べるとやさしく上品な香りです。
白い花ならギンモクセイと覚えてほぼ間違いはないのですが、葉の縁が刺のように尖るヒイラギや、葉の縁が何回も切れ込むヒイラギモクセイも白い花を咲かせるので注意が必要です。また、ヒイラギというとクリスマスカードに描かれる尖った葉に赤い実の絵を思い浮かべる人がいますが、それはヒイラギとは別種の赤い実のセイヨウヒイラギ(モチノキ科)で、ヒイラギの実はウスギモクセイに似た紫黒色です。
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