■山肌に沿って芳香を地域一帯に漂わせるモクセイ
少し離れたところから見ると、スギが林立する山肌にブロッコリーのような形で、もっこりと盛り上がって茂っています。近づいて見ると、主幹から多くの枝が分かれている少し下に、樹幹が裂けてえぐられたような形になった傷痕がありますが、そこからも新しい若い枝が伸びているなど樹勢は盛んです。毎年10月の初旬から中旬にかけて多数の花を咲かせますが、周辺の住民が香りが強すぎて困るというほど強い芳香を漂わせます。
この樹は金木犀と呼ばれていますが、正確にいえば中国原産で漢名を丹桂という本当のキンモクセイではなく、日本原産で九州では古い時代から植栽されていたウスギモクセイです。ウスギモクセイは九州南部に自生し古くから西南日本で普通に植栽されてきたもので、東日本で植栽されていたキンモクセイとともに秋の芳香花木の代表格で、秋の訪れを感じさせる香りとして親しまれています。いずれも9月から10月にかけて枝先に小さい花をたくさん咲かせますが、ウスギモクセイの花は黄色のレモン色で、黄赤色のミカン色のキンモクセイや、白い花のギンモクセイとは簡単に区別できます。ウスギモクセイの花はキンモクセイよりもやや大きく、また、秋だけでなくて春にも花の咲く「四季咲き木犀」と呼ばれる品種もあります。
■九州に自生するウスギモクセイ
ウスギモクセイの自生地から遠い上方や関東では、中国渡来のキンモクセイが江戸時代から植栽され、それが木犀の代表のように思われています。しかし、ウスギモクセイが自生する九州など日本の西南部ではこれを金木犀と呼んで庭などに植え、本物のキンモクセイを使うのは特別に趣味のある人だけでした。わざわざ外国産のものに取り替えなくても十分でしたし、九州に自生している種類の方が熊本の風土にも適しているからです。そのため、県内にある木犀の、それも大樹に育っているものは大部分がウスギモクセイで、また、地元では金木犀と呼んでいるのが普通なのです。
40年ほど前までは、キンモクセイを「江戸金(えどきん)」と呼んで区別する植木屋さんがいました。その人が仕事をしてきた時代までは「熊本の金木犀と違う、江戸から来た別の金木犀」という意味の区別だったのです。ところが、役所が公園・緑地などの植栽計画を東京などのコンサルタントに設計を依頼したり、種類の区別を知らずに「金木犀を植栽」と注文したりすると、全国規格で正しい名のキンモクセイ(江戸金)の使用が増え、それに対して「熊本金」とでもいうべきウスギモクセイの利用が減ってしまいました。たしかにキンモクセイの方が芳香が強いのは確かですが、熊本の風土に適合しているのはウスギモクセイの方だという認識も大切です。
昔、秋になると熊本市は木犀の香りに包まれると感動的に語られましたが、それは、どこの家の庭にも植えられて森の都を構成していたウスギモクセイの香りだったのです。木犀の花を共通点として中国の桂林と熊本市の友好姉妹都市関係ができたのですが、熊本市の花が九州の風土のシンボルともいえるウスギモクセイだったことは、記憶しておく必要があります。
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